胡蝶の夢は誰が見る。4話

 

 布団から起き上がり、窓を開けて早朝の空気を肺いっぱい吸い込む。
 爽やかな気分になるが、続けて来る筋肉痛で鬱屈への扉に一直線だ。
「痛てて。今日は流石に大人しくしてようかな」
 二日連続でアクティブな事を、というかわんぱく少女にペースを持っていかれたな。
 本日の予定は読書と決めて、越してきたばかりで散らかっている段ボールの中から文庫本を一冊とりだす。
 おっと、先に腹ごしらえをしておこう。本を片手に居間に向かう。
 どうやら両親は出掛けて居ないようだ。冷蔵庫を漁るが、めぼしい物は無い。
「えぇ……。いや、確かこっちにカップ麺あったよな」
 台所の戸棚の奥からインスタント食品があるのを確認して、お湯を沸かす。
 沸騰するまで、持ってきた本を読み進めよう。
 数ページ読んだ所で、お湯が沸いたと知らせるヤカンの甲高い音が響き渡る。
 意外と大きい音で顔を歪ませながらもカップ麺に熱湯を注ぐ。
「うわ、これ五分待つのか。ん?」
 空腹を感じているので少し長いと感じる五分に辟易するが、読書で気を紛らわそうと栞に触れた所で家の呼び鈴が鳴った。
「ちっ。はいはい、どちら様です……か」
 少しガタついている玄関をぎこちなく開けると、笑顔の客人がいた。
「ヤッホー、遊びに来たよっ」
 相変わらず、可愛い笑顔で僕の心を苛立たせるのは、
「なぁユキ。なんで家を知ってるんだ?」
 そうコイツは僕の家を知るはず無いんだ。昨日、一昨日と帰り道は途中で違うのは確認したんだ。
「なんでって、昨日の帰ったふりして尾行したからだよ?」
 意味の分からない事を口に出した目の前の少女に、言葉が出ず白目を剥いてしまう。
「そういうの、なんて言うか知ってる?」
 慈愛の目付きで、優しく問いかけると、ユキは分からないと小鳥の様に首を傾げる。
「ストーカーだよッ」
 玄関を思いっきり叩きつける勢いで閉めると、ユキは鍵まで掛けた玄関を焦った態度で何度もノックする。ちょっ、怖い。
「待って待ってっ。ごめんっ。いや、ほらっ、昨日お礼するって言ったでしょ? その事なのっ。だから開けてぇっ」
 なんか涙交じりの声になってきたので、罪悪感を感じた僕は扉を開けた。
「お礼ってなんだ」
 半分程開けた扉から顔を出して、野生動物並みに警戒心を剥きだしていると、
「はいっ、ご飯を作ったげるっ」
 ユキが突き出してきたのは、袋一杯に入った食材だった。
「結構です」
「あーん、まってよぉっ」
 再び扉を閉めようとするが、ユキが涙目で防いできた。
「いやほら、今もう料理が完成するから。五分待つだけで美味しいラーメンが」
「それ絶対インスタントだよね!? まったく駄目だよ、ちゃんとした物を食べなきゃ」
 なにドヤ顔してるんだ。閉め出すぞコラ。
「ならお前はちゃんとした物を作れんのか?」
 ユキは質問に答えず、ムカつく顔を浮かばせたままだった。
***
「んで、何を作るんだ」
 せっかく作ったので、勿体ない事は出来ずラーメンを啜りながら、台所でトントンと軽やかなリズムを刻んでるユキに聞く。
「ふふん。安心してっ。私が保証するよ」
 あてにならない保証に不安を抱くが、もう引き返せないので覚悟を決めておこう……。
 暫くすると、大盛りのラーメンを食べた筈なのに食欲を刺激する匂いが扇風機の風で運ばれてきた。
「はい完成っ。のっぺい汁と油揚げだよ」
 机に並べられたのは、新潟の郷土料理と言われている汁物とおかずだった。
 白米も運ばれてきて、実に家庭的な食卓になった。
「まぁ、大事なのは味だよ。……いただきます」
 恐る恐る口に、小さく切り分けた油揚げを運ぶ。
「んぐっ。う、おぉ、これはっ」
 口の中が、ネギやしょうがでアクセントを加えられた風味で蹂躙される。
 噛んだ瞬間はカリッと、咀嚼すると柔らかい具から濃い汁が溢れだす。
 続けて、のっぺい汁を注ぎ込むと鶏肉やキノコが混ざった出汁で僕の味覚を殴りつけてくる。すかさず白米を口に掻き込んでいると、ニヤついたユキが頬杖をついて僕を見ていた。ぐっ、認めるしかない。
「……美味い」
「わざわざ言わなくても、伝わってるよー」
 気恥ずかしさで、食べる速度が上がるが――。
「げほっ、んんっ」
「もう、仕方ないなぁ」
 むせてしまい、ユキが子供をあやす様な雰囲気でお茶を入れて来た。
「ごくっ。ふぅ、すまん」
 ますます恥ずかしくなってしまい、落ち着いて食べる事にした。
 そんな僕を、ユキは鼻歌交じりに見ていた。