行くしかない、あのビッグウェーブビーチに
あぁ・・・・・・、景色が歪んでいる。憎いほどに青い空がユラユラと。
目を閉じて、耳を澄ます。
――命の鼓動が聞こえた。
やはり『母なる海』と言うように、このまま還りたくなる心地よさだ。
鼻から、ぶくぶくと水泡が飛んでいく。
もう息が続かないと、肺が酸素を求めてる。
我が儘な器官に応えるよう、足をバタつかせて上昇を始めた。
「ブはぁッ!」
海面に出た俺は、とりあえず深く息を吸ってから、
「サーフィンとかクソゲーだろ」
据わった目で呟いた。
***
「マンタインサーフ?」
いつものように夕食後の珈琲を堪能していると、ククイ博士が面白そうな話題を振ってきた。
「知らないか? 海のライドポケモンなんだけど、移動テクニックでスコアを競いあったりする競技でもあるんだ」
ほーん、サーフィンか。
要は、海の上でやるスケボーだろ? それをボードじゃなくてマンタインでやるだけ。
「簡単そうじゃまいか」
「じゃまいかって・・・・・・舐めてると痛い目見るよ?」
博士は、やれやれと首を振るが、
「はんッ。かつては『スケボーの上で逆立ちしながらラーメン食える男』と崇められた俺だぞ? 楽勝だって」
「・・・・・・それって馬鹿にされ――いや、とにかくやるなら溺れないようにね」
そう言って、博士は自室へと向かった。
まったく。泳げる俺が溺れるわけないだろうに。
早速明日行って、サクッとハイスコアを更新してやろう。
寝て過ごす予定だった休日に、楽しそうな行事が加わった事で鼻歌が自然と出てしまう。
『ベッ!』
そんな俺を気持ち悪そうに、ペンキを飛ばしてくるベベノム。
風呂上がりの髪に付くが、今の俺には些細な事だ。
さて、寝不足で本当に溺れたら洒落にならないからな、そろそろ寝るか。
格好良くキメるテクニックを脳内でシミュレーションしながら、俺は意識を深く沈めた。
***
そしてやってきたビーチ、だが。
「ヴェッホォッ!」
俺は溺れそうになっていた。
激しく酸素を求めながら、砂浜へと流れ着く。
「・・・・・・アカン、舐めてたわ」
そう。サーフィンはゲキムズだった。
「スケボーと感覚が違うじゃあねーか。誰だよ、サーフィンはスケボーみたいなモノって言ったの。出て来いよ、メガトンパンチしてやるから」
でも、サーフィンの練習ならスケボーがいいって聞いた事あったんだけどなぁ。
やっぱり、あくまで練習。本番とは違うってか?
「いや、そもそもマンタインとボードの感覚が違うわ」
ボードは無機物だ。そしてマンタインは生き物。
乱暴に扱えば振り落とされたり、揺れる事もある。
「あーあ。一気につまらなくなったわー」
俺は、大人げなく大の字になってふて腐れた。
「あら? お客様、どうされました?」
そこに、ビーチの係員らしきお姉さんに声を掛けられた。
「いや、その・・・・・・乗れなくて」
最初は意気込んでこのビーチにやってきたから、乗れないと話すのは恥ずかしかった。
「あ、初めてやるんですか? なら仕方ないですよ」
本当に仕方ない事なのか、慰めてくれているのか分からないが、今の俺にそんな言葉はいらないんだ。
「初心者だった人達も、この先のウラウラ島まで行けてますから、きちんと練習すれば大丈夫ですよ」
ウラウラ・・・・・・島?
「この先ってウラウラ島、なんですか?」
「え? はい。マンタインサーフなら、船よりも速く着きますよ?」
「ッシャオラ! 行くぞ、ニル○ァーシュ!」
ちなみに、ニ○ヴァーシュとはマンタインに付けたニックネームだ。
「お、お客様!? 勝手に私達のマンタインに名前を付けないで下さい!」
今すぐ、カットバックドロップターンで行くからよぉ!
***
結論。駄目だった。
「ぐぞうッ。な゛ん゛て゛タ゛メ゛だっだ!」
鼻から海水が入りまくってクソ痛い。
元いたビーチにとんぼ返りだ。このままじゃ、ウラウラ島にたどり着けないッ。
アセロラたんに、会えないッ。
なんたる絶望。なんたる悲劇。
俺は、こんなにも渇望しているのにッ!
「あの、お客様? シリアス顔されてる所、申し訳ないのですが」
「なんだッ!?」
・・・・・・おっと、いけない。興奮しすぎて威嚇してしまった。
「ひえッ。今日はもう閉場の時間になります」
なに?
「おい。おいおいおい。馬鹿言っちゃいけねーぜ? 夜でもマンタインサーフをしていると聞いている」
昨日、博士も言ってたし間違いない。
「あの、それは、ちゃんと乗れる人限定で・・・・・・」
「あぁん!?」
「ひぃーッ。夜の海は危険なのでッ、乗れる人じゃないと駄目なんですーッ」
係員はそう言って、走り去ってしまった。
「くそッ。なんて不甲斐ないんだ!」
チラリと海を見る。
「俺はまた明日来る! 待っていろ、ニルヴァ○シュ!」
『勘弁してくれ』なんて目を無視して、走る。
「絶対ッ、乗ってやるーッ!」
悔しさで溢れる涙なんて、無い。これはきっと髪から滴った海水だ。
***
――その日から、俺の特訓は始まった。
「もっとだッ、もっとやれ、マリルリ!」
――ある日は、顔面から思いっきり落ちてもいいように、アクアジェットを受けたり。
――またある日は、踏ん張る力を鍛える為に、バンギラスとぶつかり稽古をした。
『努力の方向性が間違ってないか?』
とククイ博士は言っていたが、きっと間違ってない。
よし、イケる。この調子ならきっと。
え? アセロラたんに会いたいだけなら、船か泳いだらどうかって?
今の俺が・・・・・・アセロラたんに胸を張って会える訳、ないだろうが。
「ククイ博士、ユウキはなんで泣いてるんだ?」
「今のユウキは見ちゃ駄目だよ、サトシ」
***
一週間後。
「・・・・・・準備はいいか? ニルヴ○ーシュ」
ふっ、目を見なくても分かる。きっと俺を信じてくれているんだろう?
「ひぃーッ。またあの客来てますーッ」
どうやら、あの係員も応援してくれているようだ。
防具を着けて、いざッ。
「とぉッ!」
――シュタッ。
華麗なる前回転ジャンプを決めて、ニルヴァーシ○に乗る。
「特訓の成果、でてるみたいだな」
こんな綺麗な着地、今までは出来なかった。
「さぁ、行くんだニルヴァーシュ! 愛しのマイシスターの元へ!」
合図の瞬間、動き出す。
そして俺は、
「乗れてる・・・・・・乗れてるぞぉ!」
荒く踊る波にも負けずに、水面を滑っている!
「出来るッ、俺は出来るぞ!」
その時、横から俺達を覆う大きさの波が発生した。
「来たッ、行くぞユウキ、行くぞ俺ッ」
波を上り、下る。その繰り返しで、徐々に加速をつけていく。
既に髪が逆立つ速さだ。このままの勢いでッ、
「アイ・キャン・フラーッイ!!」
飛んだ。飛び上がった。
波の天辺から、空へとあがった。
サーフィンは分からない事だらけ。
でも、今こうして海の上から世界を見ている事。
それが真実なのは、確かな気がしたんだ。
そして、不意に足下の浮遊感に気付いた俺の顔は、海よりも真っ青だった。
――ドボンッ!
「ブはぁッ。・・・・・・サーフィンとかクソゲーだろ」
***
そんなこんなで漂流した、ウラウラ島。
「そんなッ。せっかく来たんだぞ! 一目でいいから会わせてくれよホ○ンドッ」
「ホラ○ドって誰だッ、俺はクチナシだ! ・・・・・・だぁッ、しつこいぞ! アセロラは留守だって言ってんだろ!」
あまりの事実に、ガクリと膝が崩れ落ちていく。
「あ、あ゛ぁ・・・・・・うわぁーッ」
受け止められない現実。
俺は、向き合う事ができず逃避した。
「ちょ、まてっ。なんか伝言あるなら――って、もう行っちまったか」
***
この溢れ出るモノは海水では無いッ。涙だ!
残酷な結果で滝のように流れていく涙を、俺自身とめる事が出来なかった。
「博士、ユウキはなんで帰ってすぐ泣いてるんだ?」
「見ちゃいけないんだよ、サトシ」