胡蝶の夢は誰が見る。7話

胡蝶の夢は誰が見る。7話

「おいひーッ」
 リンゴ飴を頬張るユキの隣で、僕は死にそうになっていた。
「なんで僕が奢らなきゃいけないんだ……」
 いや、既に死んでいた。財布が。
「次はー、焼きそばだぁっ」
「勘弁してくれ。というか食い過ぎだろ、太るぞ」
「それは言わないお約束でしょー」
 僕の忠告に耳をかさずバクバクと……、体重計に乗って絶望しろ。
「ほら、君もなにか食べよー。いい加減マスクを外してさー」
「いらん」
 ユキと一緒に居ることで不審者扱いは免れているが……暑い。
「あっ、イカ焼きーッ」
 周囲を観察する暇も無く、次の屋台へと引っ張られる。
「うへ、まだ食うのかよ」
 さっきから食ってばっかだな。僕の手には、持たされたリンゴ飴とか焼きそばとか、その他諸々残ってるのに……。
「なぁ、食い物はもういいんじゃないか? せっかくの祭りなんだし、もっと他にあるだろ?」
 射的とか、金魚すくいとかさ。
「うんうん。君も乗り気になったんだねっ。じゃ、あれやろっか:
 いや、乗り気とかじゃなくて、これ以上何か買わされたら――ってユキがやろうとしてるのは、
「型抜きか」
「上手く出来たら賞金があるんだよね?」
 確かにそうだが……こういうのは、屋台主の気分次第という所がある。
「ふっ、いいだろう。手本を見せてやる」
 丁度金に困っていたところだ。文句のつけようが無いくらいに綺麗に抜いてやろうじゃないか。
「おっさん。この一万円のくれ」
 お題は、蜷局(とぐろ)を巻いた龍の絵。こんなのできっこないと思って一万円に設定したんだろうが……。
「はいよ。一回三百円ね」
 型を受け取り、席につく。そして、深呼吸。よし、いけるッ。
「お、おい。あの兄ちゃん凄くないか?」
「なんて精密な動きなんだ!」
 ふっ、周りの声が気持ちいいな。よし、あと半分。これで一万は貰ったな。
「ほへー。君凄いね。得意なの?」
 ふと、鼻に甘い香りが届いた。
「ユ、ユキッ、近いッ」
「えー、だってこうしないとよく見えないし」
 だけど、このままじゃ互いの頬がくっつ――ほらくっついたーッ。
「あっ……」
 その瞬間、手元が狂って型に罅を入れてしまった。
「あちゃー。もう少しだったのにねー」
 そう言ってユキは、興味が無くなったのか自分の型抜きに戻った。
「……ふぅ」
 僕は一つ、溜め息を吐いてから、
「あーっ、私のウサギちゃんが!」
 ユキの型を殴り砕いた。
***
「もうすぐ花火が上がる時間だねー」
 屋台を一周した頃。夕日は沈み、空は暗闇に包まれていた。けれど、屋台の光や人の喧騒。祭り囃子の音で、祭りはまだこれからだという雰囲気だ。
「花火みたら帰るからな。適当に近くのベンチに座ってようぜ」
 もうへとへとで帰りたい。財布も既に屍と化してるし。
「どこで見よっかー。あっち行ってみよーっ」
「聞いてる?」
 ユキに腕を取られ、ずるずると引き摺られていく。
「ん? おい、祭りから離れてるぞ」
 辺りを見ると、人混みから離れて森の中に入っていた。
「こっちの方が見晴らしよさそうだし」
「上を見ろ。見晴らしも何もないだろうが」
 花火なんか木に隠れて、絶対によく見えない。
「んー、じゃあこっち」
 そう言って、どんどん奥に進むユキ。どのみち森の中じゃ見えないだろうに。
 まぁ別に花火には興味がないから、どうでもいいけど。
「あっ、良い場所あるよ!」
 これ以上は歩きたくないと思っていた時、少し先を歩いていたユキが声を上げた。
「だから森の中じゃ――えぇ」
 ユキが見つけた所は、ミステリーサークルのような、不自然に木が刈り取られて見晴らしの良い場所だった。
「ほらほらっ、丁度いい切り株もあるよ! ここに座ろう!」
 確かに、ここならしっかりと花火が見える。
「なんか怖いけど……座れるならいいか」
 ご都合主義の不気味さがあるが、歩き回って足が痛いし、気にしない事にしよう。
「まだかなー。ふんふーんっ」
 首をリズム良く横に振るユキは、花火如きを本当に楽しみにしているみたいだ。
「もう少しのはず――おっ」
 暗がりの中、着けていたマスクを外して上を向いた瞬間――空が光った。
「綺麗ーっ。これが花火かー」
 祭りの場所から離れているため、光源は花火だけ。だけど、それが花火の美しさを際立たせる。
「なんだお前、花火を見た事ないのか?」
「……うん」
 ユキの方へ向いて問うと、表情が見えないが、冷たくて寂しそうな声が聞こえた。
「初めてなんだ。花火ってこんなに明るいんだね」
 新しい花火が打ち上がった時、表情が見えた。
「凄く、綺麗だなぁ」
 その顔は、玩具を欲しがっている子供が手を伸ばしてる様で――。
「そうだな。綺麗だよな」
「うんっ!」
 視線を空に戻し、様々な色彩を楽しむ。
「あと一分で終わりか。確か、最後には」
 スマホを取り出して見ると、終了の時間が迫っていた。
「最後には?」
「まぁ、上を見てろよ」
 あと十秒。……五、三――一。
「うわぁッ! おおきーッ」
 そう。この祭りは田舎のくせに、最後はドデカい花火を上げる。
 昔は良く家の屋根に登って見たものだ。
「あっ、終わっちゃった……」
 だが所詮は田舎。一瞬で散る。
「凄かったーっ。ねっ?」
「まっ、そうだな」
 立ち上がり、背中を伸ばして体を解す。
「さて、行くか」
「そだねー」
 歩き出した僕に続いて、ユキも背伸びをしながらついてくる。
「花火を見られて良かった。それも、一人じゃなくて、君と」
 チラリと横を見ると、ユキが微笑んでいた。
「……そうか」
 まったく。夏の夜は涼しい風が吹かないから困るな。
***
 ユキと別れ、僕は帰り道を歩いていた。
「あー、今日も疲れた……」
 最近はホントに外出ばかりだ。それも振り回されて、だ。
「まぁ、悪くはないんだけど」
 首を回し、ポキポキと鳴らす。
「さて、明日は何をしようか。いや、どうせユキが――」
 明日の事を考えて、苦笑が漏れる。その時、
「でさーっ、ん?」
「あれ? お前――」
 前から歩いて来た二人組に、僕の感情が消え去った。