恥ずかしい過去で家にコモルー
早朝、家の前の砂浜でサトシはバトルの特訓をしていた。
「モクロー、木の葉! イワンコは岩落としだっ」
木の葉と岩落としがぶつかり、砂が吹き荒れる。
視界が晴れた時、モクローの姿は消えてイワンコは戸惑った。
モクローは羽音を立てずに、イワンコの後ろを取って体当たりを浴びせる。
強烈な足を使った体当たりに、イワンコは倒れ伏せた。
「イワンコ、お疲れ。休憩しててくれ。次、ニャビー出てくれ」
サトシに声を掛けられて、ニャビーはモクローの前に立つ。
そういや、サトシの手持ちポケモン増えたなぁ。
イワンコは、凄く懐いてそのまま仲間に。ニャビーは色々あったけど、最後にはサトシを認めたからついて来た。
「あれ、モクロー? ……寝てる!? 仕方ないなぁ。ピカチュウ、代わりに頼む」
その後も、時間ギリギリまで特訓は続いた。
「サトシー、そろそろ時間だ」
スクールに遅れる可能性があるので、まだ続けているサトシを呼ぶ。
「わかったっ。よし、全員ナイスファイトだったぜ!」
そして、スクールで午前の授業を終えて昼休み。
皆とお昼ご飯を食べていた時、マーマネが思い出した様に口を開いた。
「あっ。ねぇ知ってる? 最近この島にすっごく強いポケモントレーナーが出没してるらしいよ!」
マーマネがそんな事を言うと、マオも弁当箱を片付けながら答える。
「あー、知ってる。この前、お客さんが噂してた……謎のルガルガン使いだよね。真夜中の姿を連れ歩いてるみたい」
すると、サトシが興味を持ったのか、立ち上がる。
「おぉっ! ルガルガンかー、バトルしてみたいなー」
授業が終わり、その日の放課後。帰り道にある広場で、人が沢山集まっていた。
「ん、なんだ?」
サトシも気になるのか、中心に近づく。
そこでは、トレーナー同士がバトルをしていた。
「カメックス、ロケット頭突き!」
「……ルガルガン、カウンター」
戦っているルガルガンは、自分より二倍以上あるカメックスの体を吹っ飛ばした。
「なぁ、サトシ。あいつが噂のルガルガン使いじゃないか? ……サトシ?」
反応が無く、横を向くがサトシは居なかった。
周りを見ると、ルガルガンのトレーナーに話掛けていた。
「なぁっ。俺、マサラタウンのサトシ! 今のバトル、カッコよかったぜっ。次は俺とバトルを__」
「お兄様!?」
ん? お兄様?
サトシの挑戦を遮って来たのは、リーリエだった。
「噂のルガルガン使いは、お兄様だったのですね!」
「え、えぇ!?」
サトシは口を大きく開けて、仰天していた。
「リーリエ……ポケモンに触れるようになったのか?」
リーリエの兄はルガルガンを戻した後、リーリエの腕に抱かれているシロンを見て、僅かに驚いている様子だ。
「はい。シロンっていいます。ほら、シロン。グラジオお兄様よ」
「コーン?」
「グラジオ様。シロンはリーリエ様がタマゴのときからお世話をなさり、初めてゲットしたポケモンでございます」
リーリエの後ろから、嬉しそうなジェイムズさんがやって来る。
「……そうか、大切にしろよ」
だが、リーリエの兄。グラジオは、それだけ言うと連れていたブラッキーと去って行く。
「あっ。グラジオ様! 久しぶりにお戻りになったのですから、是非ご一緒にお屋敷へ__」
「遠慮しておくよ、ジェイムズ。……じゃあな、リーリエ」
一度リーリエ達に振り向くと、また歩き出そうとするが。
「あ、まって! バトルしてくれないか!?」
サトシが慌ててグラジオを呼び止めた。
だが、グラジオは無視をして去って行く。
「俺、ポケモンマスターを目指してるんだっ。だから、アローラの強いトレーナーとバトルしたくて……」
それでもサトシは諦めないのか、グラジオの横で歩きながら話す。
「おい、サトシ。そんな無理に頼んでも応えてくれないだろう……」
これ以上はグラジオの迷惑になると思い、サトシを呼び止める。
「えー、でもぉ」
まだ駄々をこねるサトシだが、グラジオは俺達を一瞥すると、視線が腕に落ちた。
「それは、Zリングか」
「あぁ、カプ・コケコから貰ったんだ」
「なに……!? カプ・コケコからだと?」
グラジオはポツリと言って、歩みを止めた。
そこにリーリエが追ってきて、グラジオに話し出す。
「サトシは、カプ・コケコとバトルした事があるんです」
「バトルだと!?」
「サトシの兄である、ユウキも凄く強いトレーナーですよ。ぜひ戦ってみたらどうでしょう? 家にはバトルフィールドもありますし__」
……リーリエちゃん。兄を家に連れて行きたいのは分かるけど、俺を話に出さなくても。
「考えておこう」
だが、グラジオはそう言って去ってしまった。
「俺達、ククイ博士の家にいるからっ、待ってるぜー!」
サトシは、そんなグラジオの背中に手を振った。
その後、帰ろうとしたらリーリエに引きとめられ……。
せっかくなので。と、リーリエに言われて俺達は家にお邪魔していた。
「お兄様は、半年ほど前に家を出たのです。修行をしてくると、突然……」
「ポケモンバトルの腕を磨きながら、人生やこれからのこといろいろ考えてみたい……そんなふうにおっしゃっていたそうで」
リーリエとジェイムズさんは、グラジオの事を話してくれる。
「でも、今日会ったお兄様は……。なんだか、わたくしの知っているグラジオお兄様と別人の感じがして」
リーリエは憂いた顔で、紅茶を飲みながらそう言った。
「……ついこの間のような気がいたします。グラジオ様がイーブイを連れ帰ったあの日のことが」
そこでジェイムズさんは、開いたカップに紅茶を注ぎながら口を開く。
「まだ幼いお坊ちゃまが、傷だらけのイーブイを抱きしめて、私に必死に助けを乞うたのを……」
その話を聞いて、確信した。
「グラジオは優しいままだと思うよ」
そう答えると、リーリエはキョトンとした顔で首を傾げた。
「グラジオはブラッキーを連れていた。きっと、その時のイーブイなんだろう。リーリエもブラッキーの進化条件は知っているよね?」
「確か……。トレーナーに懐いていないと進化は__」
そこまで言うとリーリエはハッとなり、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい……。きっと、お兄様はお優しいグラジオお兄様のままですねっ」
****
「んがっ!?」
夜。気持ちよく寝ていたら、腹にナニか乗って来た。
「ん、ピカチュウ?」
俺に乗って来たピカチュウは、天井を指し示す。
「ピ、ピカピッ」
上を見ると、口に何か咥えているブラッキーが天窓を叩いていた。
ブラッキーは咥えていたモノを放すと、紙がヒラヒラと落ちて来る。
「あん? なになに……。『五時まで海岸で待つ。バトルをしたいなら、時間までに来い』あぁ、グラジオか」
サトシ宛ての手紙だと思い、サトシを起こす。
「おい、サトシ。おい……。ダメか、ピカチュウ」
中々起きないので、ピカチュウを頼る。
「ピカッ。ピーカーヂュウッ!」
「うわーっ!? な、なんだっ!?」
跳び起きたサトシに、手紙を見せる。
「え、なに? ……よっしゃー!」
「バカ、静かにしろ。博士が起きるだろう」
「ご、ごめん」
サトシは、そそくさと準備をして玄関に向かう。
「あれ、ユウキは行かないの?」
再びソファーに寝ころんだ俺に、サトシは不思議そうに首を稼げる。
「眠い。面倒くさい。つか、それサトシへの手紙だろ」
「そ、そっか」
俺は寝起きが悪い。それを知っているサトシは、さっさと家を出た。
さて、おやすみ__。
「あれ、ユウキ。今サトシの声が聞こえたんだけど、何かあったか?」
「……。サトシなら、リーリエの兄から呼び出しを受けてバトルしに行った」
目を閉じた瞬間に、ククイ博士が起きて来た。
「あぁ、夕飯の時に言っていた件か。でもこんな時間からかー。ユウキ、様子を見に行ってくれるか?」
「……わかった」
渋々、俺は家を出る。
砂浜を歩いていると、人影が見えてくる。
近づいて行くと、声が聞こえてきた。グラジオとサトシだ。
どうやら、今からバトル開始みたいだ。俺は、この距離のまま観戦する事にする。
「それじゃ、早速。行け、イワンコッ!」
サトシがイワンコを出した後、グラジオはボールを構えた。
「出でよ……紅き眼差し。ルガルガンッ」
ま、まさか……。グラジオの奴っ!
俺はこの時、逃げ出したい気分だった。
「ふっ。カプ・コケコとバトルしたお前の腕、試させてもらう」
そう言って、グラジオは、翳すように右手を、顔に当てる。
間違いないっ。奴は! 中二病だっ。
前世での俺の記憶が蘇ってくる。
俺はグラジオを見ているだけで、そこら辺を転がり回りたい気分だった。
正直、もう帰りたかった。
「イワンコ、岩落としだ!」
「かみくだくっ」
過去への羞恥に悶えている間にも、バトルがどんどん進んで行く。
「ルガルガンッ、ストーンエッジだ」
激しい攻撃が繰り出されて、つい其方に目を向ける。
それと同時に、イワンコとルガルガンに網が降りかかるのが見えた。
突然の事に驚き、目を凝らすと、ロケット団の仕業みたいだった。
……ちょうどいい。
俺はサトシ達の元へ走りながら、バンギラスを呼び出す。
「うえっ、ジャリブラザー!?」
何か喚いているロケット団を無視して、Zリングを着けている反対の腕を捲り、バンギラスの横に立つ。
「久しぶりにやるぞっ。バンギラス!」
バンギラスは俺を一瞥して、頷く。
「その力を以て、過去との決別をっ。バンギラス、メガシンカ!」
腕のメガバングルが光り輝き、バンギラスの力を増幅させる。
そして、光に包まれたバンギラスが姿を現す。
「メガバンギラス、かみ砕け!」
元々巨大なバンギラスが、メガシンカでもう一回り程大きくなり、その巨体で大地を揺らした。
かみくだく攻撃で、ルガルガン達を捕らえている網を破壊する。
「ちょ、せっかく捕まえたのにっ」
「うるせぇっ、俺は今機嫌が悪いんだ! 飛んでけっ、ストーンエッジ!」
眠気と羞恥心に襲われている俺は、もうお家に帰りたい一心だった。
『ヤなかん__』
メガバンギラスの攻撃で吹っ飛んだロケット団は、空中でキテルグマに回収されていった。
『やっぱりー』
****
「サトシの兄の、ユウキと言ったか」
バンギラスを戻して、さっさとこの場を離脱しようとしたが、グラジオ君に話掛けられてしまった。
「うっげ。……こほん。あぁ、リーリエの兄のグラジオだろう? こうして話すのは初めてだな」
今すぐに踵を返したかったが、無視する訳にもいかない。
俺は、平常心を保ち、にこやかに話す。
「俺は、強くなるために修行をしている。ユウキ、俺とバトルをしてくれないか?」
……面倒になってきたな。
「いや、ほら。サトシとの勝負があるだろう? 俺は、また機会があればという事で……」
それとなく逃げるが。
「勿論サトシとの勝負も続ける。その後に頼む。さっきのメガシンカ、お前は強いと感じた。特にあのセリフが」
バンギラスを見て、じゃないの?
なに? メガシンカの前口上で強そうって。
……勢いでセリフ言っちまったが。あれ、まさに中二ッ__。
収まった筈の羞恥心が蘇る。
「え、あぁ、そう? いや、でも」
「お兄様ー!」
どう逃げようか、考えていると。こんな時間なのに遠くからリーリエが走ってくる。
「リーリエ? 何故ここに。勝負はまた今度だな、サトシ」
「おう、また今度な!」
「お前のイワンコの目は、俺のルガルガンに似ている。きっと強くなるだろう」
よっし、助かった。さすが困った時のリーリエだっ。
「ユウキ、次に会うのを楽しみにしている」
あっ。完全に目をつけられた。
「……あぁ。またな」
それを聞いたグラジオは、満足そうにブラッキーと去って行った。
「はぁ、はぁ。あれ、お兄様は?」
息を切らせたリーリエは、グラジオが居ないのを不審に思う。
「グラジオなら、もうあそこ」
指さした方には、グラジオの姿がもう豆粒の様に小さくなっていた。
「もうっ。今日こそ屋敷に寄ってもらおうと思っていたのに」
もう遠くに見える兄の姿を見たリーリエは、頬を膨らませて愚痴る。
博士の家に戻ったら、もういつもの起床時間になっていた。
「おう、お帰り。どうだった?」
リビングでコーヒーを啜っている博士が出迎えてくれる。
「グラジオとのバトル、熱くて最高の気分だったぜっ」
「過去の傷を塩水に漬けられた気分だった」
「ユウキは何があったんだ?」
博士は口元を引き攣らせて、再びコーヒーを啜る。
はぁ……。羞恥で火照ったこの体を冷まそう。
俺は、トボトボと風呂場に向かった……。