胡蝶の夢は誰が見る。8話

「ただいま」
 家に帰ると、珍しく両親が居間に居た。
「夏祭り、行ってきたの?」
「うん。……疲れたからもう寝る」
 母さんの心配そうな目を通り過ぎて、自室に向かう。
 布団の中に潜った僕は、ギュッと強く眼を瞑った。
 そして、脳裏には先程の事を思い返す。
『――お前、帰って来てたのか』
『都会に行ったんだろ? 何しに来たんだ?』
 僕を見る、元クラスメイトの二人。
 かつては同じ友人グループで、仲は良かった。
 でも、今は――。
『あっ、おい!』
 それ以上、僕を見る視線に耐えられず逃げだした。
「はぁ……。やっぱり祭りなんて行くんじゃ――」
 布団に籠もった熱を逃がす為に顔を出すと、一瞬。ユキの笑顔が幻想のように浮かんだ。
「楽しいって、思ったんだよな」
 シャワーを浴びるのも面倒くさい。今日は、このまま寝てしまおう。
 そして僕は再び眼を閉じた。
***
 少し前の夏。まだ、俺だった夏の日。
「おいっ、今年の夏こそナンパを成功させるぞッ」
 蒸し暑い教室の中で、友人が興奮して更に気温を上昇させる。
「タカシ。ここはクソ田舎だ。女は居ても年寄りしかいねぇ」
「でもよぉ、ユウト」
 丸坊主でお調子者のタカシと、眼鏡を掛けて知的な感じを出している馬鹿のユウト。
 この二人は、俺の友人達だ。
「だったら遠出しようぜ。海とかさッ、お前も賛成だよな!」
「いまどき海でナンパとかないんじゃないか」
 タカシに笑いながら答えると、不満の様子だ。
「つってもさ、そこら辺しか無いだろ」
 確かに、こんな田舎だと女の子との出会いも何も無い。
「ふむ。せっかくの夏休みだ。遠出しよう」
 眼鏡をクイッとしているユウトだが、
「さっき俺言ったじゃんか」
 遠出しようと提案したタカシがユウトをツッコむ。
「遠出と言っても、海じゃない。他県だ」
 つまり、新潟を出るってことか。でもなぁ……。
「それは海に行くより費用が掛かるだろ」
 小遣いを貯めてはいるが、足りるかも分からん。
 否定気味な声でユウトに告げると、キラリと眼鏡を光らせた。うっとうしいな。
「だが、確実だ。話に聞くと、他県は凄いらしい。特に長野はエロい女が多い県だとよ」
「何!?」
 話に釣られたタカシが鼻息を荒くする。
「よしっ、今年の夏は旅行だな!」
 と、タカシがテンション高く手を挙げると、
「ちょっと男子ー。くだらない話してないで、ちゃんと掃除してよ」
 一人の女子が歩いてくる。
 俺達の委員長、井上春子。長い黒髪で、お淑やかな風貌だが――。
「このッ、さっさと終わらせないと私も帰れないでしょうが!」
 タカシにモップを叩きつける姿を見て、俺はテキパキと箒を動かす。
 彼女は見た目だけだ。中身はこうして凶暴な面を見せる。
 いや、俺達の自業自得で怒られてるんだけどな。
「まったく。コイツを見習えっての」
 俺を見る井上に、タカシ達はブーブーと声を出した。
「ソイツだって俺達とサボってたろーが」
「あぁ、同類だな」
 確かに俺もサボってた筈なのに、何故か井上はこうして俺の肩を持つ。
「あんたら、今日のテスト返還で何点だった?」
 井上の問いに、タカシとユウトは目を逸らした。
「……百点だけど?」
「ゼロが一個多いんじゃない?」
「俺は九十一点だ」
「なるほど。逆から見たら十六点ね」
「「うぐぅッ」」
 井上の指摘に崩れ落ちるタカシ達。
「で、あんたは?」
「俺も言うのかよ」
 今回は点数が悪かったし、見せたくないんだけどな。
 くしゃくしゃに丸めたテスト用紙をポケットから取り出して広げる。
「九十五点と。ほら、あんたらと違うじゃない」
「うるせぇッ、人生は勉強だけじゃないんだ!」
「男には別の魅力もある」
 苦しい言い訳だなぁ。
「あんたらは一生モテないんでしょうねー」
 その後もワイワイとはしゃぐ俺達。
 
 ――俺達が馬鹿な話をして、井上が注意をしてくる。
 そして、井上もヒートアップして一緒に先生に怒られる。
 そんな、ごくありふれた日常。
 別に田舎だろうが何処だろうが、こうして友人達と楽しく過ごせるなら、それで良かった。
 なんで、俺は僕に変わってしまったんだろう。
***
 窓から差し込む光で自然と目が覚める。
「……汗だくだな。シャワー浴びるか」
 夢を見た。少し昔の、俺の夢を。
「今日も暑いな」
 ミンミンと騒ぐ蝉に、顔を顰めて文句を垂れる。
「今日もユキと遊ぶ事になるんだろうな」
 冷水を浴びながら、独り言を溢す。
 浴槽に溜まった水に写る僕の表情は、俺の表情と重なっていた。