胡蝶の夢は誰が見る。6話

 

 数時間後、日も沈み辺りが黄昏に染まった頃。
「おい、ユキ。そろそろ起きろって」
 未だにグースカと寝ているユキを揺らすと、イビキが止まって瞼が開く。
「うん? 今何時ー?」
「もうすぐ六時だ」
「ほえっ!」


 勢いよく体を起こしたユキが、僕の肩を掴んで揺らした。
「もう少し早く起こしてくれてもっ。お祭り始まっちゃうじゃん!」
「一度、起こした、がっ。あと一時間、と言ったのは、お、前だ!」
 ぐぅ。勢いよく揺らしやがって。お昼に食べたモノが出そうだ。
「ほらっ、さっさと着替えて行くよ!」
 勢いのままに僕を捨てやがったユキは、玄関まで走る。
「僕は行かないっての」
 そんな一言に、玄関の戸に手を掛けたユキは立ち止まった。
「え、なんで?」
 純粋に分からないと、首を傾げるが、僕の個人的なくだらない理由を話す訳にはいかない。適当にはぐらかすか。
「いや、なに。夕飯の支度が」
「君、料理しないじゃん」
「えーっと……」
 他に何か思いつかないのか、僕!?
 当たり障りない理由を考えていたら、ユキの様子が変わった。


「……どうして嘘つくの?」
「――ッ」
 そう言ったユキの表情、目が、今までと違う。まるで光を失ったように濁った目で僕を見つめていた。
「ねぇ。なんで?」
「お、おい。ユキ。そういう遊びは止めろって言っただろう?」
 またヤンデレみたいな事しやがって、そうすれば僕が行くとでも――。
「答えてッ!」
 ふざけてる訳じゃ、ないのか。いったいどうしたんだ。
「お、落ち着けって――」
「もういいッ!」
 ユキは聞いた事無いくらいの大声で怒鳴り、去ってしまった。
 本当になんだったんだ。
「……ふん。俺だって知るかよ」
 勝手に家に来て、勝手に飯作って、勝手に怒って、勝手に――。
「さて、煩いのもいなくなったし、寝るか」
***

 

『美味い焼きそばあるよーッ』
『リンゴ飴も美味しいぞー』
 時刻は六時半。夕方だが、この季節は空にまだ明るみがある。
「モゴモゴ……。ぷはッ。あぢぃ」
 くそッ。ユキの奴、来てるのか?
 結局、来てしまった。別に謝る為とか、そんなんじゃない。
「アイツ、忘れモノしやがって。届ける僕の身になれよ」
 そう、ユキは家にハンカチを置いていった。ハンカチ如き、わざわざ届ける程では無いと思うが、両親に見つかったら面倒くさい事になる。
 ――あらあら。この可愛らしいハンカチは、どなたのかしら?
 ――勝手に女を連れ込んだのか?
「絶対、こうなる。……にしても、夏にマスクはやっぱりキツいな」
 知り合いに見つからないよう、対策もバッチリだ。
 完璧な変装。これはどこからどう見ても――。
『おい、アイツヤバくね?』
『一応通報しときましょ』
 不審者じゃないかッ。こんなクソ暑い中、マスクにサングラスとか、怪しいにも程がある!
「ちょっと君、いいかな?」
「なんです? 別に怪しい者ではないですよ?」
 本当に通報したのかッ。この田舎にしては大きい祭りなので、地元の警察官が結構居る。
「いや、その格好じゃ無理あるでしょ」
 警官も呆れる程の言い訳。よし、ここは必殺のアレで行くか。
「あっ、あそこに不思議な円盤が浮いてるぞー?」
 秘技、『わーユーフォーだー(棒)』を繰り出すッ。
「えッ、どこどこ!?」
 何も無い夏空に目を向けた警官。今だ!
「さらばッ」
「あっ、待て!」
 と言われても、沢山の人に紛れて逃げたんだ。そう簡単に追いつかれないだろう。
***

 

「にしても、上手く行くとは……」
 最近の警官は不祥事が多いと聞く。そしてあのザマだ。
「やれやれ、この国の未来が心配だよ。――痛ッ」
 祭りの会場から、少し離れた茂みの所で身を潜めていると、不意に頭に軽い痛みが訪れた。
「そんな格好の君に言われたくないんじゃないかな?」


「ユキッ!?」
 後ろを確認すると、チョップの構えをしていたユキが溜め息を吐いていた。
「いつから居たんだ?」
 すると、ユキは近くにあった切り株に座り空を仰ぐ。
「君が警官に声を掛けられた所から」
「なんだよ。居たなら声を掛けろよな。お陰で通報されたんだぞ」
「それは君が――まぁ、いいや」
 しかし、いざ会うと気まずいな。いや、ユキ如きに気まずいとか無いな、うん。
「それより、ほら」
 ハンカチを取り出してユキに渡すと、受け取ったユキはハンカチを見て微笑んだ。
「無いと思ったら……。届けてくれてありがとう」
 うーん? 勘違いかもしれんが、なんだか今のユキは、僕の知ってるイメージと違うような。表情だって、いつもの天真爛漫というような雰囲気も無い。
「それで? わざわざ届ける為だけに、お祭りに来たの?」
 ハンカチを締まったユキは、チラリと僕を横目で見た。
「……まぁ。そう、だな」
「ふぅん。それじゃあ、この後の時間は暇って訳だ」
「待て、なんでそうなる」
 ユキは立ち上がり、僕の手を取った。スタスタと歩くユキに引き摺られてしまうッ。
「ほらッ。お祭りはこれから! 楽しもうよッ」
「え? お、おう」
 振り返ってそう言うユキの表情は、いつも通りの笑顔だった。
 気のせい、だったのか? きっと何故か怒らせてしまったから、機嫌が悪かっただけだろうな。
 それ以上は深く考えず、大人しくユキに引っ張られる事になった。