胡蝶の夢は誰が見る。5話

 昨日は思わぬ客が来たが、飯を作ってくれただけで帰ったな。
 案外美味しかったし、また食べたいと、朝ごはんのカップラーメンを食べながら思った。
「……。ユキの飯食ってから、インスタントがマズく感じるな」
 いつもはスープまで飲み干すが、今日は麺だけ啜って台所に容器を捨てる。
「起きたらまた親父達は何処かに行ってるし、今日は何するかな」
 やることもないので部屋に戻ろうとした時、玄関にチラシが置かれているのに気付いた。
「ん? 夏祭り、か。ふん」
 近くの神社で屋台が出て、花火も打ち上がるみたいだ。
 けど、行くわけないだろう。
「誰かに会うかもしれないし、今日はテレビでも見てぐうたらと――いやいや、まさか」
 何か嫌な予感が身に走ったが、気のせいだと思う。思いたい。
 念のため今日は少し遠出しようか。そうと決まれば早速準備を、
 ――ピンポーン。
 音が鳴った方に目を向けると、人影があった。
「いやいや、え。夏祭りは夕方って書いてあるし、来るにしても早いだろっ」
 ――ピンポンピンポンピンポン。
『ねぇ。居るんでしょ。居るよね? 返事してよっ』
 ヒィッ。なんでヤンデレっぽくなってるんだ!
「分かった、開けるっ。開けるからそれは止めてくれっ」
 恐怖で震える体を必死に抑えつけて玄関の扉をガラガラと開ける。
「やっ。夏祭り行こうよっ」
「その前にお前、何の真似だお前」
 家の外には、予想通りユキの姿。いつも通り溌剌した笑顔を浮かべていた。
「昨日読んだ小説に出てくる女の子がこんな感じだったから、ついやってみたく」
「二度とやるなよお前」
 てへぺろと舌を出すユキに、ムカつきを覚えながらも冷や汗を拭う。
 というか、このいかにも元気少女が小説ねぇ。外見によらないってか。
「夏祭り、だったな。時間までけっこうあるぞ」
 とりあえず家に入れる事にしたが、真っ先に冷蔵庫を漁るユキ。
「あーっ。またカップラーメン食べたでしょっ。もうっ、駄目って言ったのに」
 ブツブツと言いながら、ユキは持ってきていた手提げの中から食材を冷蔵庫に入れる。
「って、なにやってるんだ」
「なにって、ご飯を作ろうと」
「……そうか」
 ユキの手料理の味を知ってしまったために、止める事は出来ない。くっ、これが胃袋を掴まれるということかっ。
***
 味気なかったカップラーメンとは違い、ご飯粒まで残さず食べた後、横になって食休みする。
「もー。牛になるよー」
 そう忠告してくるが、強く止める気配は無い。チラリとユキを見ると、大きな欠伸をして涙目になっていた。
「お腹いっぱいになって眠くなってきちゃった。ふわぁ」
「おい。牛になるんじゃなかったのか?」
 自分の事を棚に上げて横になるユキ。
「うーん。一時間だけ」
 そう言って目を閉じたユキは、小さいながらも寝息を立て始めた。
「コイツ、警戒心というものが無いのか?」
 男女二人、一つ屋根の下。何も起こらない筈がなく――。
「なんてアホか」
 タオルケットを取りに行き、ユキに掛ける。
 すぅすぅと、規則正しい呼吸。小さくて薄い。桜色の唇を見て、僕は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「いやいやっ。僕は何をっ」
 ユキから目を逸らすが、また引き寄せられてしまうっ。
「……ほっぺ柔らかいな」
 はっ。なんで僕は頬を突いているんだ!?
 突き出していた人差し指を掴み、ユキの様子を覗う。
「起きないのか。ふぅ」
 これ以上変な考えを浮かべないよう、自室に戻っとくか――って、
「むにゃん。この抱き枕は私のーっ」
「ぐふっ。俺は、抱き枕、じゃないぞっ」
 ユキは立ち上がりかけた僕の腕を引っ張り、胸に抱き寄せた。
「すぴー、ぐぅ」
 がっちりと頭をホールドされて抜けだせない。
「もういっそ起こすか?」
 気持ち良さそうに寝ているユキには悪いが、僕の精神衛生上に良くないので、そんな事を考えていたらユキの表情が一変した。
「んっ、どうして、嘘、つくの?」
 うなされ、閉じている目からは涙が流れ出す。悪夢でも見ているのだろうか。
「……はぁ」
 抜けだそうと動かしていた腕を、ユキの頭に乗せる。
「んむぅ。えへへ」
 髪を梳くように撫でると、悪夢は消え去ったのか、涙は止まる。
「……静かにしとけば、ただの美少女だな」
 出会って日は浅いが、ユキの事は少し分かった事がある。
「元気溌剌で真っ直ぐな奴。振り回されている僕はクタクタだよ」
 でも、そんなキラキラ輝く姿は魅力的で――。
「はぁ……。コイツは何でもかんでも垂らすなよ」
 止まった涙の代わりに出てきた涎を見て、溜め息が漏れた。